イエスキリストと出会った喜び!

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** イエスキリストと出会った喜びを御紹介します **
 
 
元田 敏子
 
1:教会とのかかわりは団地に引っ越してきた25年ぐらいまえになります。
同じ団地に住む、本沢さんに誘われ教会に行くことはありました。
そのころはイエス様には興味がありませんでした。
家にいるよりは、教会や公園にいるほうがよく、子供を連れては、行ってました。
その後、3女の奈緒美に教会に行くように伝道され、また彼女の姿を見て、しばらくいってなかった教会にいってみようという気になりました。本当の意味で教会にいって、イエス様と出会うようになったのはパッションの映画をみて心を打たれ、そして去年ぐらいから次女のことで悩み、「この子さえいなければ」と思ってしまうような罪がありましたが、教会で祈ったり、相談にのってもらう中で、子育てを自分でするのではなく、子育ても「いままでの自分の重荷をイエス様の十字架にゆだねたら
楽になる」とわかり、祈りゆだねました。また自分の特に次女に対する罪も祈って赦されることが分かり、祈りました。そうすると本当に心に解放が与えられ、次女に対する罪な言葉も言わなくなりました。いまでは次女も教会にきて聖書を学びその生活も変わり始めました。私はこれからイエス様によって家族全員が救われることが次のビジョンです。

動画:東京アーバンチャーチの楽しい集まり

 
元田 寛治
 
私が教会とつながりを持つようになったのは、同じ団地の本沢さんにいろいろお世話になっていたのがきっかけで教会のことは知っていました。
また3女の奈緒美が救われたりして、家族も教会とのかかわりがありました。しかしもともと自分が「成長の家」という宗教に関わっていたため、聖書の教えと「成長」の教えの違いに苦しみ、受け入れることができなかったのです。
しかし、去年ぐらいから教会にくるようになりました。それは、自分にみんなが優しく声をかけてくれるのが
うれしくて、それが楽しみで、くるようになりました。また昼食を作る奉仕がうれしくてきていました。
しかし毎週教会にきていると「成長の家」との違いに苦しみました。特に「生まれながらに罪がある」ということが引っかかりました。しかし最近、酒井先生と話したりメッセージを聞いて、「自分には生まれつきの罪はない」とか、「洗礼は必要ない」という思いがかえられてきました。人生50年の中で自分には背負ってしまった罪や重荷があり、それから解放される必要があるということに気づかされました。長いあいだ苦しんだ罪や縛られた思いを「イエスキリストの十字架にあづけたい」と思うようになりました。
イエス様にあづけるのは申し訳ないと思いましたが、それが神の愛だと分かりました。
そしてイエスキリストに自分のすべてをささげて祈り私は解放され救われました。
これからは困った人たちのためにイエス様の愛にたって奉仕していきたいです。

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